皆さんは幕末のことをどこまで知っていますか?(前編)

幕末が一体いつからいつまで期間なのか、ということには特に厳密な定義はありません。ただ1853年7月8日にペリーが率いるアメリカ海軍艦隊(いわゆる黒船)が来航した時期を一般では幕末のはじまりといっています。そして幕末の終わりは、様々な説がありますが、この稿では旧幕府軍による抵抗が終わった箱館戦争の終結(1869年)、として書かせていただきます。

まず幕末の流れを簡単にまとめると、江戸時代にペリーが突如4隻の黒船で現れ、日本に開国を求めてきました。ただ江戸時代、日本は鎖国していたこともあり、孝明天皇は開国に反対しましたが、幕府の大老・井伊直弼がアメリカの軍事力には太刀打ちできないと考え、独断で開国を決定しました。さらにアメリカが得をし、反対に日本が損をする不平等な条約を結んでしまったため、天皇や諸藩の武士が反発し、そして尊皇攘夷(天皇を敬い、外国人を打ち払う)運動を始めました。その結果、朝廷と幕府の対立が起こったのです。

そんな中、井伊直弼が尊王攘夷派の弾圧を断行(安政の大獄)し、結果水戸藩を中心とした尊王攘夷派に殺害(桜田門外の変)されてしまいました。その後、京都を中心に天誅と銘うった開国派の人間の暗殺がエスカレートし、尊王攘夷派が幅を利かすことにより、薩摩・長州というそれぞれの国ではイギリスと戦争をするという事態に発展しました。しかし結果は惨憺たる負け戦となり、天皇もついに開国を認め、それにより尊王攘夷派の勢力が弱くなり、それまでに行ってきた殺人に対する罪を咎められ各地で多くの尊王攘夷派が刑罰を受けることになってしまいました。

特に尊王攘夷派の中で旗頭的存在であった長州藩は、禁門の変にて京都を追われ、そのうえ幕府を中心とした諸藩に攻められ(第一次長州征伐)、藩滅亡の危機に立たされました。そんな中、長州藩士の高杉晋作が武士以外(農民や商人他)で組織された奇兵隊を作り長州藩を強くし、また土佐藩の坂本龍馬並びに中岡慎太郎の仲介により、薩摩藩と同盟(薩長同盟を結ぶことに成功して、続いて幕府等から攻められた(第二次長州征伐)際には撃退に成功しました。ちょうどその時期に江戸幕府第14代将軍・徳川家茂及び孝明天皇が亡くなったため、徳川慶喜が将軍になり、天皇には明治天皇が即位されました。

皆さんは幕末のことをどこまで知っていますか?(後編)

長州に撃退され、求心力を失った幕府は薩摩・長州・土佐の藩主と朝廷で話し合いの場(四公会議)を持ち、その結果、幕府は政治の運営を朝廷に返上(大政奉還)し、今後は朝廷と諸藩にて国を運営することに決めました。その会議で朝廷は将軍に幕府の直轄領を返上を求めましたが、将軍はその申し出を拒否、そのため怒った朝廷及び薩摩藩、長州藩はやはり幕府はつぶすべき、との命令(王政復古の大号令)を諸藩に出し、江戸への進軍を開始したのです。

薩長連合軍が江戸へ迫り、江戸も火の海かと思われた時、幕臣の勝海舟が薩摩藩の西郷隆盛と話し合い無事江戸城の無血開城が行われました。しかし幕府が負けるのを認めない幕臣達はその後も戦争を継続し、戊辰戦争・函館戦争と続き、1869年に旧幕府軍は降伏、戦争が終結した後、明治政府ができる、という流れになります。

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武勇に秀で、薩長から鬼の官兵衛と恐れられた『佐川官兵衛』

会津に生まれた佐川官兵衛は、戊辰戦争のおりは「鬼官兵衛」と恐れられ会津のために戦いました。維新後は警察官として西南戦争に出動し名誉の戦士を遂げました。

官軍に抗する桑名藩雷神隊の隊長をつとめた『立見尚文』

1907年幕末の桑名藩に生まれた立見尚文は、戊辰戦争にて賊軍だったにも拘らず、明治新政府の陸軍大将として活躍し、特に日露戦争の黒溝台の戦いで活躍し日本の勝利に貢献しました。

戊辰戦争で無念にも戦場に散った越後の龍こと『河井継之助』

長岡藩に生まれた河井継之助は江戸で佐久間像三に、備中松山では山田方谷に師事。異数の昇進を遂げ藩政改革を断行。藩の近代武装を図り、戊辰戦争では武装中立を図るも政府軍に認められず戦士した。

白皙の天才的美剣士、新撰組の一番隊隊長『沖田総司』

沖田総司は試衛館随一の天才剣士であった。新撰組では実力を存分に発揮したが池田屋事件の戦闘中に喀血し、以降は病気のため華々しい活躍はできず最後を迎えた。
●沖田総司の略年表

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